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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)242号 判決 1993年1月26日

主文

特許庁が平成一年審判第一〇八五三号事件について平成二年八月九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  本願発明の概要

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

本願発明は、同軸TEM共振器の周波数調整方法に関するものである。

通信機器の小型軽量化に伴い、通信機器におけるフィルタ等に用いられるこの種共振器も小型で高性能のものが必要となつている。このような必要性を満たす共振器として、例えば、円筒状のセラミック誘電体1(全長Lは、共振周波数において1/2波長または1/4波長になるように設定されている。)と、その外周面2と内周面3とに塗付、焼成された、それぞれ外導体、内導体(内導軸)となるべき銀ペースト4及び5とよりなる構成のもの(別紙図面1の第1図、第2図参照)があるが、このような同軸TEM共振器における共振周波数の誤差(共振周波数を決定する共振器の全長Lの寸法制度による誤差)を修正するための方法、例えば、共振器の端面全体を削り全長Lを短くして共振周波数を高い方に修正する方法は、作業が面倒であり、また、特開昭五四--四六五五号公報(本件の引用例)に開示されている、同軸共振器に穴を設け、この穴に誘電体棒を挿入して周波数を調整する方法も、簡単かつ確実な調整ができないとの認識、及び、誘電体の端面に部分的に溝を設けることによつて周波数の調整が図れるという知見に基づき、本願発明は、簡単かつ確実に高い方へ共振周波数の修正ができる同軸TEM共振器の周波数調整方法を提供することを目的として、特許請求の範囲記載の構成(前記本願発明の要旨と同じ)を採用したものである(別紙図面1の第5図参照)。

本願発明によると、共振器の軸方向寸法を全体的に短くしなくても、開放端面(誘電体の端面)に、目標の共振周波数が得られるような形状、深さ、数、位置等で部分的に溝を形成するだけで、簡単に共振周波数を調整することができ、共振器の良品率を向上させ、かつ、コストダウンも図れるようにしたものである(なお、本願発明が、同軸TEM共振器の開放端にあたる誘電体の端面に部分的に溝を設けることのみによつて同軸TEM共振器の共振周波数を調整するものであることは、当事者間に争いがない。)。

三  取消事由に対する判断

1  前記のとおり、本願発明は、同軸TEM共振器の開放端にあたる誘電体の端面に部分的に溝を設けることのみによつて同軸TEM共振器の共振周波数を調整するものであるが、右溝について、特許請求の範囲には、単に「誘電体の端面に部分的に溝を設けて」と規定されているだけで、溝の形成方法については特定されていない。しかし、本願発明の前記目的、構成及び作用効果に照らすと、右溝は、同軸TEM共振器の製造後に、その誘電体の端面に所望の共振周波数が得られるような部分的空間を新たに設けるというプロセスによつて形成されるものであり、その空間が溝である以上、右目的に沿うよう適宜な形状のものを、適宜な方法で形成すれば足りるものであることは明らかであり、このような溝を形成することが本願発明における共振周波数調整方法の特徴をなすものであると認められる。

これに対し、引用発明は、同軸TEM共振器の開放端にあたる誘電体の端面に部分的に空胴を設け、その空胴の中に誘電体を挿入して、同軸TEM共振器の共振周波数を調整するものであることは、当事者間に争いがない。そして、《証拠略》によれば、引用発明は、同軸TEM共振器の開放端にあたる誘電体の端面に設けた穴に挿入する誘電体調整棒の寸法ないし材質を変えることによつて、あるいは挿入の程度を調整することによつて、周波数を変え得るという知見に基づくものであつて、例えば、引用例の実施例第5図(別紙図面2の第5図)に記載されているように、誘電体1の開放端面に設けられた穴13の奥に誘電体調整棒3を挿入して、穴13の入口側(端面側)にのみ空胴(空胴長さリットル2)が残存するように形成する(この空胴は、同軸TEM共振器の誘電体の端面に部分的に形成された空間であるといえる。)ことによつても同軸TEM共振器の共振周波数を調整することができるものであることが認められる。

2  右1によれば、本願発明における誘電体の端面に部分的に設けられた溝と、引用例の実施例第5図に示された、誘電体の端面に部分的に設けられた空間(空胴)は、いずれもその存在によつて同軸TEM共振器の共振周波数を変え得るという点では、同等の機能を有するものということができる。

しかしながら、前記のとおり、本願発明における溝は、誘電体の端面に新たに、適宜な形状のものとして、部分的空間を適宜な方法により設けることによつて形成されるものであるのに対し、引用発明における空胴は、誘電体の端面に予め穴を設け、その穴に誘電体調整棒を挿入し、部分的空間を残存させて形成されるものであるから、本願発明と引用発明とは、部分的空間(溝、空胴)の形状、形成方法、したがつて、これと一体をなす共振周波数の調整方法が相違していることは明らかである。

右のとおり、本願発明は、誘電体の端面に新たに部分的空間を設けることによつて溝を形成するものであり、この溝により、周波数を高い方向にのみ変移させることで共振周波数を調整するものであり、これに対し、引用発明は、誘電体の端面に予め穴を設け、一旦周波数を所要の共振周波数より高くさせておいて、次に、その穴に誘電体調整棒を挿入することにより空胴を形成し、右空胴により周波数を低くする方向に変移させて共振周波数を調整して、始めて所要の共振周波数を得ることができるのであり、しかも、端面に予め設けられる穴は誘電体調整棒を挿入しなければならないから、その形状は自ずから制約を受けざるを得ないことは明らかである。このように両発明を対比すれば、本願発明は、引用発明に比して、作業性良く、簡単かつ確実に共振周波数の調整を行うことができるという点で優れているものと認めるのが相当であつて、この作用効果上の相違は顕著なものというべきである。

しかるに、審決が、本願発明の右顕著な作用効果を看過したものであることは、前記審決の理由の要点から明らかである。

3  被告は、引用例に審決認定の同軸TEM共振器の共振周波数の変化率に関する式及びその補足説明が記載されている(この点は当事者間に争いがない。)ことなどを根拠として、引用発明における共振周波数調整機能に着目すれば、本願発明のように誘電体の端面に部分的に溝を設けることによつて、同軸TEM共振器の共振周波数の微調整が行えることは、当業者が容易に想到し得ることであり、そうとすれば、本願発明と引用発明とは、同等の作用効果を有するものというべきである旨主張する。

しかし、引用発明における空胴は、誘電体に予め設けられた穴への誘電体調整棒の挿入を必須のものとして形成されるのであつて、誘電体調整棒の挿入を排除して誘電体の端面に空胴のみを形成し、これによつて共振周波数の調整を行うようにすることは、引用発明の予定するところではないから、本願発明は、引用発明に基づき当業者が容易に想到し得たものとは認め難く、被告の右主張は理由がない。

また、被告は、審決は空胴形成の具体的作業工程をもつて引用発明の技術内容を認定する根拠としているわけではないから、具体的作業工程の点をとらえて、本願発明と引用発明との作用効果上の差異を論ずる原告の主張は当を得ないものである旨主張する。

しかし、本願発明は、その要旨のとおりの同軸TEM共振器の周波数調整方法であるから、引用発明との対比は、それぞれ周波数調整方法、すなわち、誘電体の端面に設けられる部分的空間(本願発明における溝、引用発明における空胴)の形状、形成方法、及び各形状、形成方法がもたらす作用効果上の差異について検討されるべきであるところ、引用発明における空胴は、前記のとおりの具体的作業工程を必須の前提として形成されるものであるから、原告の右主張は何ら当を得ないものとはいえず、被告の主張は理由がない。

以上のとおりであつて、審決は、本願発明における、誘電体の端面に部分的に設けられる空間の形成方法、すなわち周波数の調整方法が、引用発明と相違していることによつてもたらされる顕著な作用効果を看過して、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取消しを免れない。

四  よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 浜崎浩一 裁判官 田中信義)

《当事者》

原告 株式会社 村田製作所

右代表者代表取締役 村田 昭

右訴訟代理人弁護士 小谷悦司 同 伊藤孝夫

被告 特許庁長官 麻生 渡

右指定代理人 野村泰久 <ほか三名>

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